こんにちは!そらいろドクターです。
【はじめに】
この記事で紹介する症例は、実際の経験に基づきつつ、読者の皆さまの理解を深める教育的な目的で一部脚色・再構成しています。治療方針等は必ず個々の患者さんの状態に合わせてご判断ください。
救急外来やICUで働いていると、「え、この検査結果でこんな重症だったの?」とヒヤッとさせられる場面に遭遇することがありますよね。特に最近、私が「これは見逃しちゃいけない!」と強く感じているのが、SGLT2阻害薬という種類の糖尿病治療薬に関連した病態です。
今回は、最近経験した症例を振り返りながら、血糖値が高くないのに起こる危険なアシドーシス、正常血糖性糖尿病ケトアシドーシス(euDKA)について、UpToDateの最新情報や日本集中治療医学会専門医テキスト 第4版の内容も踏まえつつ、明日から使える実践的なTipsをお伝えしたいと思います。まずは基本からおさらいしましょう。
そもそもDKA(糖尿病ケトアシドーシス)ってどうして起こるの? 基本をおさらい
私たちの体は、主にブドウ糖(グルコース)をエネルギー源として使っています。食事から摂取した糖は、インスリンというホルモンの働きによって細胞の中に取り込まれ、エネルギーとして利用されたり、貯蔵されたりします。インスリンは血糖値を下げる唯一のホルモンであり、同時に肝臓での糖新生(糖を作り出すこと)や脂肪の分解を抑制する働きも持っています。
DKAは、このインスリンの作用が極端に不足する(絶対的インスリン欠乏)ことで起こります。
「日本集中治療医学会専門医テキスト 第4版」によると、その病態は以下のように整理できます。
DKAの病態ステップ
- インスリン不足 + 抗インスリンホルモン増加
- 肝臓での糖産生亢進 + 末梢での糖利用低下 → 高血糖
- 高血糖による浸透圧利尿 → 脱水・電解質異常
- 脂肪組織での脂肪分解亢進
- 肝臓での遊離脂肪酸増加 → ケトン体産生亢進
- ケトン体の蓄積 → 代謝性アシドーシス(ケトアシドーシス)
つまり、DKAの古典的な病態は「高血糖」と「ケトアシドーシス」が同時に起こる状態なのです。高血糖による脱水と、ケトン体によるアシドーシスが病態の核となります。
これに対し、HHS(高血糖高浸透圧状態)は、インスリン作用がある程度保たれている(相対的インスリン欠乏)ため、ケトン体の産生は少ないものの、著しい高血糖と脱水による高浸透圧が主体となる病態です。
Case File: ある日の夕刻、救急外来にて
DKAは通常24時間以内に急速に進行しますが、HHSは数日から数週間かけて進行することが多いとされています。
救急隊からの入電: 「70代男性、嘔吐とめまいで動けません!」
主訴: 嘔吐、めまい、体動困難
現病歴: 4日前に胃腸炎症状のあるお孫さんと接触。3日前から嘔吐、食事摂取不良。前日に近医受診(頭部CT異常なし)し対症療法を受けるも改善せず、症状悪化し救急要請。(DKA/HHSの誘因として感染症は最多)
来院時所見:
- 意識レベル: 清明(GCS E4V5M6)
- バイタルサイン: BP 120/60 mmHg, HR 100/min, RR 26/min (頻脈・頻呼吸), SpO2 99% (RA)
- 身体所見: 口腔内乾燥、腋窩乾燥著明(明らかな脱水)、Kussmaul呼吸様の深く速い呼吸パターン
- その他: 嘔吐あり
初期評価と鑑別診断:
「胃腸炎による脱水?でも頻呼吸が強いな…。」 エコーでIVC虚脱を確認。追加問診へ。
Dr. そらいろ: 「何か持病はお持ちですか?」
患者さん: 「糖尿病と高血圧で薬を飲んでるよ。」Dr. そらいろ: 「お薬手帳、ありますか?」
→ 確認 → ジャディアンス®(SGLT2阻害薬)内服中!
ここでピーンときました!
「SGLT2阻害薬内服中のシックデイ(胃腸炎疑い)…これはeuDKAかもしれない!」
検査オーダー:
「血糖、電解質(AG計算も!)、BUN/Cr、血液ガス、尿検査(ケトン体)をお願いします!」
(血清ケトン体:β-ヒドロキシ酪酸 も提出したかったが、さすがに検査取扱は無し・・)
予想通りの(!?)結果:
- 血糖値
170 mg/dL
(DKA基準を満たさない!) - pH
7.27
(アシデミア!) - pCO2
19 mmHg
(呼吸性代償) - HCO3-
低値
(代謝性アシドーシス!) - K
2.9 mEq/L
(低い!要注意!) - アニオンギャップ(AG)
開大
- 尿中ケトン体
3+
(陽性!) - (血中β-OHB ≧3mmol/L 相当と推測)
- (直近HbA1c
9.0%
)
これらの結果から、正常血糖性糖尿病ケトアシドーシス(euDKA)が考えられました!
「日本集中治療医学会専門医テキスト 第4版」でも、SGLT2阻害薬による正常血糖DKAへの注意が喚起されています。
じゃあ、euDKAはどう違うの?SGLT2阻害薬の影響
通常のDKAは「インスリン不足による高血糖とケトアシドーシス」でしたね。
euDKAがなぜ「正常血糖」に近くなるのか、SGLT2阻害薬の影響を整理しましょう。
血糖値が上がりにくい理由
SGLT2阻害薬が腎臓からの糖排泄を強制的に促進するため、インスリン作用が低下しても血糖値は著明には上昇しません。
ケトン体は産生される理由
シックデイ等をきっかけにインスリン作用低下&グルカゴン作用亢進が起こると、脂肪分解と肝臓でのケトン体産生は通常通り亢進します。
脱水が誘因・増悪因子
SGLT2阻害薬の利尿作用自体も脱水を助長し、シックデイによる脱水と相まってケトン体産生をさらに悪化させます。
つまり、euDKAは「SGLT2阻害薬により高血糖がマスクされやすいが、ケトン体産生はしっかり起こってしまうDKA」であり、診断の遅れに注意が必要です。
⚠️ 重要注意点!ケトン体測定について
DKA/euDKAの診断には、血清または血中β-ヒドロキシ酪酸の直接測定が最も信頼できます(≧3mmol/L
が目安)。尿試験紙(ニトロプルシド反応)はβ-ヒドロキシ酪酸と反応せず、アセト酢酸を主に検出するため、偽陰性や評価のズレが生じる可能性があります。
euDKA治療戦略:ここが違う!救急・集中治療の現場から
DKA/euDKAの治療は、①脱水・電解質異常の是正、②高血糖の是正、③アシドーシスの是正、④誘発因子の治療が柱となります。「日本集中治療医学会専門医テキスト 第4版」やUpToDateを参考に、euDKAに特化した注意点を加味して解説します。
Step 1: まずはABC!そして初期輸液!
- 循環動態の安定化が最優先。初期輸液はインスリン投与に先立って開始。
- 輸液の種類: 等張液(生食またはBalanced crystalloid)。Balanced crystalloid推奨の傾向あり。
- 初期投与速度: ショックでなければ最初の1時間は1L程度、その後状態に応じて0.5~1 L/hr目安。心不全・腎不全例は注意(日本集中治療医学会専門医テキスト にも注意促す記載あり)。
- euDKAでの注意: 初期血糖<
250
mg/dLなら開始時から(5〜)10%ブドウ糖加輸液を開始。
Step 2: K!K!K! 低カリウムは突然死のリスク!
- DKAでは体内総K量は著しく低下(平均K
3~5
mEq/kgの喪失と言われる)。 - 来院時K値は細胞外シフトで見かけ上、正常~高値のことも多々あり。
- インスリン投与でKは急激に細胞内へ移動し、致死的な低カリウム血症リスクあり!
- インスリン投与前に必ず血清K値を確認!
- K管理の基準(日本集中治療医学会専門医テキスト 第4版準拠): (尿量確保を確認後)
- K <
3.5
mEq/L: インスリン投与待機! KCL10~20
mEq/時で補充し、K >3.5
を目指す。 - K
3.5
~5.5
mEq/L: 輸液中K濃度40
mEq/LでKCL混注し、インスリンと同時に投与開始。 - K >
5.5
mEq/L: K補充せずインスリン開始。K≦5.5
になったら補充開始。
- K <
- 目標K値: 治療中は血清K値を
3.5
~5.5
mEq/L の範囲に維持。
Step 3: インスリン投与は慎重に! (K≧3.5を確認後)
- euDKAでは、低用量からインスリンを持続静注で開始。
- レギュラーインスリン推奨(コスト面)。
- 開始1時間で血糖
50~70
mg/dL低下なければインスリン倍増検討。 - 持効型インスリン: 元々使用している場合は継続を推奨。
新規発症の場合、持効型インスリン0.25
U/kg/日 皮下注も考慮(日本集中治療医学会専門医テキスト 第4版)。
Step 4: 血糖<250mg/dLでブドウ糖追加&インスリン調整!
- 血糖値が
250
mg/dL 未満 に低下したら、10%ブドウ糖液(テキスト推奨)または5%ブドウ糖液を125
mL/hr程度で開始。 - インスリン投与速度を
0.05
単位/kg/時 に減量。 - 血糖値を
150~200
mg/dL 程度に維持しながらDKA離脱を目指す。
Step 5: モニタリング!
- 血糖値、血中ケトン体:
1
時間ごと - 重炭酸イオン、血清カリウム: 診断から
1, 2
時間後、その後2
時間ごと(テキスト推奨) - 治療目標達成度を確認(ケトン体低下>
0.5
mmol/L/hr, HCO3上昇>3
mmol/L/hr, 血糖低下>54
mg/dL/hr, K3.5-5.5
維持)。達成できなければインスリン増量検討。
Step 6: 重炭酸・リン補充は必要? (適応は限定的)
- 重炭酸(メイロンなど): pH <
7.0
の場合に限り考慮。 - リン: 血清リン <
1.0
mg/dL かつ臨床症状がある場合に限り考慮。
Step 7: DKAからの離脱と皮下注射への移行
- DKA改善基準(テキスト記載): 血中ケトン <
0.6
mmol/L かつ (静脈血 pH >7.3
or 重炭酸イオン >15
mEq/L)。 - 上記を満たし、経口摂取が可能になったら皮下注射へ移行。
- 移行方法(テキスト記載例): 専門医コンサルト推奨。難しい場合は総量
0.5~0.75
U/kg/day目安(半量基礎・半量食前分割など)。 - 重要! 皮下注射開始後
30~60
分経ってからIVインスリンを中止する。
この症例の結末
この患者さんは、初期対応の後、ICUのある地域の中核病院へ転院となりました。輸液とK補充を行いながら(インスリンは低Kのため、搬送中は見送りました)、搬送しました。幸い、転院先での集中治療により状態は改善し、無事に退院されたとのことでした。初期対応でeuDKAを疑い、適切な方針決定ができたことが、良好な転帰に繋がったのだと思います。
明日から活かせる!救急科専門医が語る euDKA Tips 5選
- 「血糖値正常域」に騙されるな!SGLT2阻害薬内服歴とシックデイは常に警戒!
嘔吐・食思不振・倦怠感などで来院した糖尿病患者さんには、必ずSGLT2阻害薬の内服歴を確認。血糖値が低くてもeuDKAのリスクあり。特にシックデイが重なると危険。 - 診断には血液ガスとケトン体(できればβ-OHB)を!AGも忘れずに計算!
euDKAを疑ったら、血液ガス分析(静脈血でOK)でアシドーシスを確認!
血中β-ヒドロキシ酪酸(≧3
mmol/Lが目安)を測定。尿ケトン解釈は注意。AG開大は超重要! - 治療の命綱はK管理!「K<3.5ならインスリン待機」を徹底せよ!
DKA/euDKAでは総K量は必ず低下。K<3.5
mEq/Lならインスリン投与前にK補充を開始。
目標は3.5
~5.5
mEq/L 維持(テキスト基準)。 - euDKAのインスリンは「低用量」から!血糖<250でのブドウ糖併用を忘れずに!
低血糖リスクを避け、0.05
U/kg/hr IV 等の低用量で開始。
血糖<250
mg/dLで10%ブドウ糖加輸液を開始し、インスリン減量しつつ治療継続。 - 原因薬剤(SGLT2阻害薬)の中止と再発予防の指導を!
euDKAと診断したらSGLT2阻害薬は必ず中止。再開非推奨。
シックデイ時の対応教育が再発予防に不可欠。
参考文献・免責事項
- 日本集中治療医学会専門医テキスト 第4版
- UpToDate
- Diabetic ketoacidosis and hyperosmolar hyperglycemic state in adults: Epidemiology and pathogenesis (Topic last updated: Oct 23, 2024)
- Diabetic ketoacidosis and hyperosmolar hyperglycemic state in adults: Clinical features, evaluation, and diagnosis (Topic last updated: Nov 18, 2024)
- Diabetic ketoacidosis in adults: Treatment (Topic last updated: Feb 03, 2025)
- Dhatariya KK, et al.; Joint British Diabetes Societies for Inpatient Care. The management of diabetic ketoacidosis in adults-An updated guideline from the Joint British Diabetes Society for Inpatient Care. Diabet Med. 2022 Jun;39(6):e14788. PMID: 35224769.
免責事項:
このブログ記事は、私の臨床経験と各種医学情報に基づいていますが、一般的な情報提供を目的としており、個々の患者さんの状態に合わせた医学的なアドバイスを提供するものではありません。実際の診療においては、患者さんの状態や合併症などを総合的に評価し、必ず担当医の判断と責任において治療方針を決定してください。
いかがでしたでしょうか? SGLT2阻害薬は非常に良い薬ですが、使い方を誤るとeuDKAのような重篤な副作用を引き起こす可能性があります。DKAの基本病態とeuDKAの違いを理解し、今回の記事が、皆さんの日々の臨床で「あれ?」と気づくきっかけとなり、患者さんの安全を守る一助となれば幸いです。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました!
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