CO2ナルコーシスの病態と適切な診断・治療

臨床・研究・Tips

はじめに:見逃すと怖いCO2ナルコーシス

こんにちは!そらいろドクターです。(はじめましての方、著者プロフィールはこちら

救急外来や病棟、術後などで「なんだか意識レベルが悪い」「呼びかけへの反応が鈍い」という患者さんに出会うことは、救急/集中治療に携わる私たちにとって日常的な経験ですよね。意識障害の原因は多岐にわたりますが、その中でも見逃されやすく、かつ急速に生命を脅かす可能性のある病態の一つが、CO2ナルコーシス(高炭酸ガス血症による意識障害、Acute Hypercapnic Respiratory Failure)です。

今回は、このCO2ナルコーシスについて、UpToDateの「Acute hypercapnic respiratory failure」の項目なども参考にしつつ、具体的な症例を提示し、疑うべき状況、診断へのアプローチ、そして救急現場での初期対応を中心に解説していきます。初期研修医や専攻医の先生にとって、意識障害患者さんを診る上で重要な視点になるはずです。

この記事を読むことで達成できること

  • CO2ナルコーシスを疑うべき臨床状況やリスク因子、原因を理解できる。
  • CO2ナルコーシスがなぜ起こるのか、特に慢性呼吸不全(2型呼吸不全)患者におけるメカニズムを説明できるようになる。
  • CO2ナルコーシス患者への初期対応(特に酸素投与と換気補助)の基本原則と注意点を学べる。

(想定読了時間:約18〜23分)

CO2ナルコーシスの病態生理の基礎となる「換気」や「呼吸調節」については、前回の記事(【ICU特講】換気と呼吸調節をマスター!…)も併せて読んでいただくと、より理解が深まると思います。


症例:呼びかけに反応が鈍い術後患者

整形外科での大腿骨骨折手術を終え、病棟に帰室した70代男性。術後せん妄のリスクも考慮され、疼痛コントロール目的にフェンタニル(持続投与)と、不穏時にベンゾジアゼピン系の薬剤が頓用指示となっていました。既往歴にはCOPD(在宅酸素療法はなし)と肥満(BMI 35)があります。

帰室後数時間、訪室した看護師から「呼びかけへの反応が非常に鈍く、いびき様の呼吸をしている」と連絡がありました。あなたは当直医として診察に向かいます。

【初期評価】

  • バイタルサイン:HR 110bpm, BP 140/85mmHg, RR 10回/分, SpO\(_{2}\) 88% (室内気)
  • 意識レベル:JCS III-100 / GCS E2V2M4 程度。呼びかけや痛み刺激にはかろうじて開眼したり唸ったりするが、明確な応答は困難。
  • 瞳孔:両側 4mm、対光反射はやや鈍い (sluggish)。
  • 呼吸:回数は少ない(10回/分)が、一回一回の呼吸は浅く、努力様ではない。時折いびき様の気道狭窄音が聴取される。頸部に皮下気腫などはなし。
  • その他:明らかな麻痺や神経学的異常所見は指摘できない。胸部聴診で著明なwheezesはなし。

さて、この患者さんの意識障害。あなたなら何を考え、どう行動しますか?


CO2ナルコーシス:リスク・原因・症状

CO2ナルコーシスは、特定の状況下で起こりやすい病態です。
疑うべきリスク因子や原因、そして現れる症状について整理します。

リスク因子・原因

CO2ナルコーシスは、根本的には肺胞低換気(肺胞でのガスの入れ替えが不十分な状態)によって引き起こされます。特に、慢性の2型呼吸不全(高CO2血症を伴う呼吸不全)を持つ患者さんでリスクが高まります。主な原因・誘因としては以下が挙げられます。

  • 慢性の2型呼吸不全患者への不適切な高濃度酸素投与: これが最も古典的かつ重要な原因です。
  • 呼吸中枢の抑制: 鎮静薬、オピオイド、麻酔薬などの薬剤性、脳幹病変など。
  • 呼吸筋の筋力低下: 神経筋疾患(ALS、重症筋無力症など)、頸髄損傷、重度の電解質異常(低リン、低マグネシウム)、筋疲労など。
  • 肺・胸郭の異常による肺胞低換気: COPD(慢性閉塞性肺疾患)や重症喘息の増悪、末期の拘束性肺疾患、胸郭変形(高度側弯など)、肥満低換気症候群など。
  • 上記基礎疾患を持つ患者の増悪因子: 感染症(肺炎など)、心不全、気胸、肺塞栓、脱水、外科手術など。

今回の症例では、「COPD」「肥満」「術後」「オピオイド・ベンゾジアゼピン使用」といった複数のリスク因子・原因が重なっています。

CO2ナルコーシスの症状

高CO2血症の症状は、その程度と進行速度によって様々です。特徴的な症状を以下のとおりです。

  • 意識障害: 最も重要な症状です。傾眠傾向から始まり、進行すると昏睡状態(ナルコーシス)に至ります。せん妄、混乱、抑うつなども見られます。
  • 自発呼吸の減弱・抑制: 呼吸回数の減少、呼吸の浅さが見られます。ただし、基礎疾患や合併する低酸素・アシドーシスの影響で、頻呼吸や努力呼吸を呈することもあります。
  • その他の神経症状: 頭痛(特に早朝)、羽ばたき振戦 (Asterixis)、ミオクローヌス、痙攣、乳頭浮腫など。
  • 循環器症状: 初期にはCO2による交感神経刺激で頻脈や血圧上昇が見られることもありますが、進行すると徐脈や血圧低下に至ることもあります。
  • 瞳孔所見:上記の通り、自律神経の変化により初期散大→末期縮瞳といわれていますが、薬剤の影響などもあり一概には言えません。
  • 呼吸性アシドーシス: 血液ガス分析で確認されます(後述)。

どうしてCO2ナルコーシスになるの? 病態生理のおさらい

ここで少し、なぜ高CO2血症が意識障害(ナルコーシス)を引き起こすのか、特に慢性の2型呼吸不全を持つ患者さんで高濃度酸素投与が危険なのかについて、前回の記事(換気と呼吸調節)の内容も踏まえつつ復習しましょう。

私たちの呼吸は、主に脳幹にある呼吸中枢が血液中の二酸化炭素レベル(\(PaCO_2\))をモニターして調節しています。\(PaCO_2\)が上昇すれば、主に中枢化学受容器がそれを感知し、呼吸を促進します。

ところが、COPDなどの慢性呼吸不全で常に高い\(PaCO_2\)にさらされている患者さんでは、この中枢化学受容器の感受性が鈍くなってしまう(鈍化、Blunting)ことがあります。体が「この高い\(CO_2\)レベルが普通なんだ」と適応してしまうのです。

そうなると、呼吸をドライブ(駆動)する主な刺激は、\(PaCO_2\)の上昇ではなく、血液中の酸素レベルの低下(低酸素血症、\(PaO_2\)低下)を感知する末梢化学受容器からの信号に、より依存するようになります。(これが、いわゆる「低酸素ドライブ (Hypoxic Drive)」と呼ばれる状態です。)

この状態で、良かれと思って高濃度の酸素を投与してしまうとどうなるでしょうか?
唯一の呼吸刺激であった「低酸素」が解除されてしまうため、末梢化学受容器からの呼吸刺激信号がなくなり、呼吸ドライブ全体が著しく抑制されてしまいます。その結果、換気がさらに低下し、\(PaCO_2\)が急激に上昇します。高い\(PaCO_2\)は脳に対して麻酔作用(ナルコーシス作用)を持つため、意識レベルの低下、さらには昏睡や呼吸停止に至るのです。

これが、CO2ナルコーシスの主なメカニズムであり、特に慢性の2型呼吸不全患者さんへの安易な高濃度酸素投与が危険とされる理由です。


診断へのアプローチ:まずはABC!そしてABG!

CO2ナルコーシスが疑われる、あるいは意識障害や呼吸不全の患者さんを診たら、鑑別診断と初期対応を【同時に】進める必要があります。

1. ABCの安定化

  • Airway (気道): まずは気道の確保。用手的確保、エアウェイ、吸引など。
  • Breathing (呼吸): 酸素化と換気の評価。必要なら酸素投与(後述の注意点あり)、換気補助(BVM, NIV, 挿管)を開始。
  • Circulation (循環): バイタル確認、静脈路確保、循環作動薬の準備など。

2. 動脈血液ガス分析 (ABG)

CO2ナルコーシスの確定診断には動脈血液ガス分析 (ABG)が必須です。

  • 診断基準: \(PaCO_2\) > 45 mmHg (高炭酸ガス血症) かつ、意識障害などの臨床症状があること。
  • 急性 vs 慢性 の区別: pHと \(HCO_3^-\) を見て判断します。
    • 今回の症例(pH 7.18, \(PaCO_2\) 85 mmHg, \(HCO_3^-\) 30 mEq/L)では、著明なアシドーシスを伴う急性の高CO2血症(慢性からの急性増悪)と判断できます。
      (血液ガス分析の詳細な評価方法については、また別の記事で解説予定です!)

3. その他の評価

  • 病歴聴取、身体診察、胸部X線、血液検査、心電図などを行い、原因検索と他の鑑別診断(低血糖、電解質異常、脳卒中、感染症、薬剤など)を進めます。

今回の症例では、臨床状況とABGからCO2ナルコーシスと診断し、原因として薬剤性と基礎疾患の関与を考え、初期対応を開始します。


初期対応:酸素投与と換気補助のキホン

CO2ナルコーシスの初期対応は、低酸素血症の改善と換気の補助が柱となります。

1. 酸素投与:低酸素は絶対悪!でも投与量は慎重に

【重要】 CO2ナルコーシスを恐れるあまり、低酸素血症の治療をためらってはいけません。低酸素による脳障害は不可逆的ですが、高CO2血症による意識障害は換気によって改善する可能性があるからです。

  • 目標SpO\(_{2}\): まずは SpO\(_{2}\) 90〜93% を目標に、必要最低限の酸素投与を行います。
  • 投与方法: 低流量(鼻カニューラ 0.5-2L/分など)または低濃度(ベンチュリーマスク 24-28%)から開始し、ABGを再検しながら \(PaCO_2\) が急上昇しないか確認しつつ、慎重に調整します。
  • 重度の低酸素がある場合は、ためらわずに酸素濃度を上げてSpO\(_{2}\) 90%以上を確保し、同時に換気補助を行います。

2. 換気補助:低換気を是正する

【重要】 CO2ナルコーシスの根本治療は、肺胞低換気を改善し、貯留した\(CO_2\)を排出させることです。

  • NPPV(非侵襲的陽圧換気):
    • COPD急性増悪などでは第一選択となることが多い。
      意識があり、協力が得られ、気道が保たれる患者さんが良い適応となります。
    • 逆に、意識障害が高度な場合や、誤嚥リスクが高い場合は禁忌となります。
  • IPPV(侵襲的陽圧換気) 主に経口気管挿管:
    • 気管挿管を行い、人工呼吸器で強制的に換気を行います。
    • 意識消失、呼吸停止、NPPV不応/禁忌の場合などの絶対的適応です。
    • 注意点: 人工呼吸器で急激に\(PaCO_2\)を正常化させると、慢性の高CO2血症に体が適応していた場合、代償性の代謝性アルカローシスが顕在化し、痙攣などを誘発する可能性があります。目標\(PaCO_2\)は患者さんのベースラインを考慮し、ゆっくりと下げていく必要があります。

今回の症例では、意識レベルが低いためNPPVは困難であり、気管挿管によるIPPVの良い適応となります。

3. 原因へのアプローチ

  • 拮抗薬(ナロキソン、フルマゼニル)の使用を考慮。
  • 基礎疾患(COPD増悪、感染症など)の治療を同時に行う。

さいごに:意識障害+呼吸異常を見たらCO2ナルコーシスを疑え!

今回は、見逃されがちで危険な病態であるCO2ナルコーシス(急性高炭酸ガス血症)について、その病態生理から診断、初期対応までを整理しました。

重要なのは、リスク因子(COPD、肥満、鎮静薬など)を持つ患者さんの意識レベル低下や呼吸抑制を見たときに、常にCO2ナルコーシスを鑑別に挙げることです。呼吸パターンや瞳孔所見もヒントになります。

疑ったら、ABCを確認しつつ、動脈血液ガス分析(ABG)で速やかに診断します。高い動脈血二酸化炭素分圧(\(PaCO_2\))と呼吸性アシドーシスが特徴です。他の意識障害の原因検索も並行します。

治療の柱は、低酸素血症の是正換気の改善です。低酸素は脳にとって不可逆的なダメージを与えるため、CO2ナルコーシスを恐れて酸素投与をためらってはいけません。目標酸素飽和度(SpO\(_{2}\) 90-93%)を目安に慎重に投与しつつ、根本的な換気不全に対してはNPPVや気管挿管による人工呼吸管理を適切に導入し、貯留した二酸化炭素(\(CO_2\))を排出させます。その際、特に慢性的な高二酸化炭素血症がある患者さんでは、急激な\(CO_2\)低下によるアルカローシスにも注意が必要です。

CO2ナルコーシスは、早期に認識し、適切な初期対応を行うことで救命可能な病態です。この記事が、先生方の臨床判断の一助となれば幸いです。

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