重症外傷の初期対応:ABCDEアプローチと優先順位付けのリアル【専門医の視点で解説】

ABCDEアプローチ 外傷初期診療を心得て、これから重症外傷患者を受け入れる覚悟を決めた女救急医かつ集中治療医。 臨床・研究・Tips

【注意】この記事で提示するシナリオは、救急科専門医試験や集中治療専門医試験などの過去問題を参考に特に外傷初期診療について、その教育的エッセンスを抽出して作成しています。ただし、著作権への配慮から、元の問題文、選択肢、設定などをそのまま使用せず、内容を大幅に変更・脚色を加えたオリジナルなものです。実際の試験問題とは異なりますのでご注意ください。また、記事内容は一般的な医学的知見や私の経験に基づきますが、実際の診療は個々の患者さんの状態や施設の状況に応じて、担当医が責任を持って判断する必要があります。あくまで学習の一助としてご活用ください。

はじめに:基本だけど、奥が深い「外傷初期診療のPrimary Survey」

こんにちは、そらいろドクターです。(はじめましての方、著者プロフィールはこちら

救急外来やICUで働き始めたばかりの先生や看護師さん、初期研修医の先生、あるいは救急科や集中治療科の専攻医の先生方など、多くの方にとって「重症患者さんの初期対応」は非常に重要であり、同時にプレッシャーも大きい場面ですよね。

特に「外傷初期診療におけるPrimary Survey(プライマリーサーベイ)」や「ABCDEアプローチ」は、医学生や研修医の頃から叩き込まれる基本中の基本です。しかし、「基本だから簡単」というわけでは決してありません。むしろ、限られた情報と時間の中で生命を脅かす病態を見抜き、正しい優先順位で介入する、非常に高度な判断が求められます。

「基本手技こそ、奥が深い。」 これは私が常に感じていることです。

実際、この外傷初期診療におけるPrimary Surveyの考え方は、救急科や集中治療の専門医試験でも形を変えて問われ続ける、普遍的かつ重要なテーマです。今回は、専門医試験の問題から着想を得て作成したシナリオをもとに、重症外傷患者さんの初期対応における思考プロセスと優先順位付けについて、私の考えを共有したいと思います。


基本概念:なぜABCDEアプローチが重要なのか?

ご存知の通り、外傷初期診療におけるPrimary Surveyは生命を直接脅かす状態(Critical illness/injury)を迅速に認識し、直ちに治療介入を開始するための評価プロセスです。一般的に以下の順序で評価・対応しますが、実際には同時並行的に進められる部分も多くあります。

  • A (Airway): 確実な気道確保と頸椎保護
  • B (Breathing): 呼吸・換気の評価(頚部や胸部の身体所見を含む)と処置
  • C (Circulation): SHOCK&FIX-C(語呂合わせの詳細はJATECガイドラインを参照)。循環(出血)の評価とコントロール:「入れて(輸液・輸血)、入れて(気管挿管※)、止める(止血)」の考え方。その他のショックに対する介入。
  • D (Disability): 意識レベル・瞳孔所見・麻痺の評価:切迫するD(脳ヘルニアなど)を見抜く。
  • E (Exposure/Environment): 全身観察(脱衣)と体温管理。

この順番が重要なのは、「放置すればより短時間で生命の危機に直結する順」になっているからです。例えば、気道閉塞は数分で心停止に至りますが、四肢の骨折は(もちろん重要ですが)気道閉塞ほど緊急ではありません。

またABCそれぞれの異常により、脳の低酸素状態に陥ると当然ではありますが脳機能の低下(Dの異常)が出現します。つまり、ここでのDの異常が本当に頭部の外傷に伴う異常なのか、それともABCの異常による二次的な脳機能の低下なのか、きちんとPrimary Surveyに沿ってアプローチを行わないと、正確な評価ができないのです。

JATEC(Japan Advanced Trauma Evaluation and Care)などの外傷初期診療ガイドラインでも、この考え方が徹底されています。

複数の問題が同時に発生している重症患者さんでは、このABCDEの原則に従って優先順位を判断することが、救命のカギとなります。


症例提示:あなたならどう動く?

ここで、一つのシナリオを考えてみましょう。

【オリジナルシナリオ】

20代男性。自転車で走行中に乗用車と接触し、救急要請。現場では呼びかけに開眼するも混乱しており (GCS E4V4M6=14点)、呼吸は速く(28回/分)、頻脈(110回/分)、血圧はやや低め(100/60 mmHg)。明らかな出血はなさそうだが、左胸部と腹部を痛がっている。

救急外来到着時のバイタルサインは、意識レベル GCS E3V3M5=11点、呼吸数 26回/分、脈拍数 118回/分、血圧 92/50 mmHg、SpO2 97%(リザーバーマスク10L/min)、体温 35.5℃。

Primary Survey (進行中):

  • A: 声は出せるがやや不穏。頸椎カラー装着済み。
  • B: 呼吸音は左右差なし。胸郭の動きは左右対称。胸部打撲痕あり。頸静脈怒張なし。
  • C: 脈拍は速く、弱く触れる。皮膚は冷たく湿潤。FAST(腹部エコー)でモリソン窩と脾周囲にecho free space(腹腔内出血を示唆)を認める。骨盤レントゲンでは不安定型骨折なし。胸部レントゲンでは明らかな気胸・血胸なし、肋骨骨折の疑いあり。
  • D: GCS E3V3M5=11点。瞳孔不同なし。明らかな四肢麻痺なし。
  • E: 全身観察開始、保温開始。

太いルートを2本確保し、細胞外液の急速投与を開始したところ…

突然、患者さんの反応が悪化!

意識レベル GCS E1V2M4=7点、呼吸数 34回/分で努力様、脈拍数 130回/分、血圧 75/40 mmHg。呼びかけへの反応がほとんどなくなり、右上下肢の動きも鈍くなっているように見える。

この緊急事態で、まず優先すべき介入は?

以下の選択肢のうち、最も優先度が高いものはどれでしょうか?

  • 気管挿管の準備?
  • 昇圧剤(ノルアドレナリンなど)の投与?
  • 頭部CT検査への移動?
  • もう一度FASTで評価?
  • 緊急輸血の開始?

少し立ち止まって、考えてみてください。


詳細解説:ABCDEに基づいた思考プロセス

このシナリオでは、初期評価中に患者さんの状態が急速に悪化しました。これは、重症外傷診療では決して珍しくない状況です。ここでパニックにならず、冷静に外傷初期診療におけるPrimary SurveyすなわちABCDEアプローチに立ち返ることが重要です。

1. 危機的状況の再評価 (ABCDE)

刻一刻と変化する状況を、再度ABCDEの順に評価し直します。

A (Airway) – 気道

意識レベルがGCS 7点まで低下(8点以下は気道確保の一般的な適応)。V2(発声なし、理解不能な音声)であり、気道反射も低下している可能性が高い。誤嚥や舌根沈下のリスクが非常に高い状態です。
気道確保(気管挿管)の緊急度は極めて高いと判断できます。

B (Breathing) – 呼吸

呼吸数が34回/分と頻呼吸で努力呼吸が見られます。低酸素血症はまだ顕著ではありませんが、換気不全や、見逃されているBの異常をきたす病態が存在するリスクがあり、迅速かつ正確な評価が求められます。

C (Circulation) – 循環

血圧が75/40 mmHgまで低下し、頻脈も増悪。これは明らかなショック状態です。FAST陽性であることから、腹腔内出血による出血性ショックが最も考えられます。再FASTにより、腹水増悪が無いかや新たな異常(心タンポナーデ)の出現が無いか評価します。初期輸液に反応が悪く、バイタルが悪化しているため、『入れて(輸液・輸血)、入れて(気管挿管)、止める(根本的な止血術)』を合言葉にアクションを起こす必要があります。

D (Disability) – 意識・神経

GCS低下に加え、右上下肢の麻痺が出現しています。これは頭部外傷(急性硬膜外/下血腫など)や頸髄損傷(典型的には四肢麻痺を呈すため、本症例では頭部外傷を最も疑う)の可能性を示唆します。
しかし緊急度は高いですが、A・B・Cの安定化なくして頭部CTなどの精査には進めません。

“Treat first what kills first”(まず生命を脅かすものから治療せよ)

この原則を忘れてはいけません。まずは生命維持(ABCの安定化)が最優先されます。

E (Exposure/Environment) – 環境・体温

低体温(35.5℃)も凝固障害を助長し、出血を悪化させる要因です。保温は継続しますが、現時点での最優先介入ではありません。

2. 優先順位の決定

上記のABCDE評価に基づくと、この状況で優先順位をつけて進めるべき介入は以下のようになります。

  1. 気道確保(気管挿管): GCS低下による気道防御反射の消失、呼吸状態の悪化から、最優先で実施すべきです。挿管操作自体が血圧をさらに下げる可能性もあるため、循環補助(輸液・輸血)と並行して迅速に行う必要があります。またショック時の挿管・人工呼吸器管理は、患者の呼吸仕事量の低減に寄与し、理論的には酸素消費量を下げて、ショック時の酸素需給バランスを改善する効果もあるとされます。
  2. 緊急輸血の開始: 出血性ショックに対して、細胞外液だけでは不十分であり、循環動態を安定させるために、可及的速やかに赤血球輸血(異型輸血)を開始する必要があります。JATEC外傷初期診療ガイドラインに基づくと『細胞外液1000mlの初期輸液の反応を見て、治療方針を決定する』とあります。
    実際には病院ごとの大量輸血プロトコール等に基づき、重篤なショックの場合は速やかに輸血を開始する場合もあります。特に過剰な輸液投与は、希釈性の凝固障害を引き起こすリスクがあり、絶対に避けなければいけません。
  3. 根本治療への準備: もともとFAST陽性であり、バイタルが不安定なため、緊急開腹手術や血管内止血術(アンギオ)による止血が必要となる可能性が高いと判断します。FASTの再評価を行い、出血量の増大や新たな異常所見(心タンポナーデの出現など)を評価しつつ、輸血と並行して、外科医やIVR医へのコンサルトと手術室やカテ室の準備を進める必要があります。

では、最初に挙げた他の選択肢はどうでしょうか?

  • ノルアドレナリン投与: 血管内容量が不足している状態での昇圧剤単独投与は、原則NG。まずは十分な輸液・輸血です。末梢循環をさらに増悪させ、臓器虚血のリスクが高まるため、医師国家試験においては禁忌に近い選択肢となりえます。
    ただし実際には十分な輸液・輸血投与下において心停止回避目的にこの手の昇圧剤を投与する場面を見かけます。(あくまでも経験に基づく治療オプションとして紹介させて頂きますが、決して純粋な出血性ショックにおけるノルアドレナリン投与を全面的に肯定する記載ではありません。)
  • 頭部CT検査: バイタルが不安定な状態での移動は非常に危険。ABCの安定化が先決です。まさに「死のトンネル」になりかねませんね。
  • FAST再評価: 前述の通り、優先度の高い選択肢となります。 状態が変化した場合、出血源の再評価(例: FAST所見の増悪確認)や他の見逃されている可能性のある損傷(例: 心タンポナーデなど)を検索することは重要です。

このように、常にABCDEの原則に立ち返り、生命を脅かすリスクが最も高いものから介入していくことが、重症外傷患者の初期対応では極めて重要になります。


【今日のTipsまとめ】重症外傷初期対応で心に刻むべきこと

今回の症例問題について、多くの方が選択肢の中から正答を選ぶことは出来たのではないでしょうか?もちろん救急科専門医としてある程度経験を積んだ今、当たり前と思うわけですが、初期臨床研修医の頃や専攻医になったばかりの当時の私自身を思い返すと、『当たり前のことを当たり前に行うこと』が何よりも難しかったり、時には苦い思いをしたことを思い返します。

今回、専門医試験の勉強をするなかでそんなことを思い返させてくれる問題に出会ったので紹介をさせていただきました。そんな過去の経験から今の自分を作り上げてくれたエッセンス、それこそがJATEC外傷初期診療ガイドラインのPrimary Surveyだったのです。


以下が、本日のまとめになります。どれも重要事項になりますので何度も読み返して頂き、ぜひ心に留めておいてください。

  • まずABCDEを確認する習慣を: どんな状況でも、この基本アプローチが外傷初期診療におけるPrimary Surveyの思考の軸となる。
  • バイタルサインの変化は危険信号: 患者の状態は常に変化する。継続的な観察と再評価が命を救う。
  • 命の優先順位を間違えない: “What kills first?” (A→B→C→D) を自問し、最も緊急性の高い病態から対処する。
  • ショックなら、まずボリューム補充(外傷では特に!): 出血を疑ったら、迅速な輸液と輸血の開始をためらわないこと。(※心原性ショックが疑われる場合は、もちろんこの限りではありませんが。)
  • 安定化なくして移動なし: 十分な蘇生を行う前に、安易に検査へ移送しない。その場でできる処置と安定化を最優先する。
  • 知識を行動につなげる: ガイドラインは重要だが、それを実際の患者に適応し、実践する経験が何より大切。
  • 日々の基本手技・アセスメントこそ、応用力の土台となる: 基礎の積み重ねが、いざという時の判断力を養う。

おわりに

今回は、重症外傷患者における外傷初期診療 Primary Surveyと優先順位付けについて、シナリオを交えて解説しました。基本でありながら、実際の現場では瞬時の判断が求められる難しい場面です。

私自身も、日々の診療でこのABCDEアプローチの重要性を再認識させられることばかりです。若手の先生や看護師さん、そして専門医を目指す仲間たちにとって、何か少しでも参考になれば幸いです。

この記事が役に立った、面白かったと感じたら、ぜひコメントやSNSでのシェアをいただけると嬉しいです!皆さんの経験やご意見もぜひお聞かせください。

これからも、臨床での学びやTips、そして私の留学への挑戦について発信していきますので、どうぞよろしくお願いします!

参考文献・参考資料

  • 日本集中治療医学会専門医テキスト
  • 救急科専門医テキスト
  • JATECガイドライン

免責事項

本ブログの内容は、個人の経験や学習に基づく情報提供を目的としており、特定の治療法を推奨するものではありません。医学的判断や治療については、必ず専門医にご相談ください。本ブログの情報を用いて行う一切の行為について、責任を負いかねます。

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