【ICU特講】人工呼吸器患者の最適な酸素化目標とは?エビデンスとU字カーブについて

はじめに

こんにちは!そらいろドクターです。(はじめましての方、著者プロフィールはこちら

ICUで人工呼吸器につながれている重症肺炎の患者さん。モニター上、SpO2は99~100%を維持し、一見すると非常に安定しているように見えます。しかし、その時ふと、こんな疑問が頭をよぎりませんか?

「この『高めの酸素化』は、本当にこの患者さんのためになっているのだろうか?」
「むしろ、SpO2を92~94%くらいまで下げた方が、酸素毒性を避けられて予後が良いのでは?」

酸素は生命維持に不可欠ですが、同時に薬理作用を持つ「薬剤」でもあります。多すぎても少なすぎても害になりうるこの酸素、果たして最適な目標値はどこにあるのでしょうか。

この記事のポイント

  • 酸素化目標における「Liberal(寛容的)」vs「Conservative(保守的)」戦略の理論的なメリット。
  • 主要な臨床試験の結果が示す「U字カーブ」の概念。
  • 各種ガイドラインの推奨と、それに基づいた私自身の臨床での結論。

(想定読了時間:約8分)


「Liberal」vs「Conservative」酸素化戦略

この問題を考える上で、まずそれぞれの戦略の理論的な背景を整理しておく必要があります。

SpO2を高めに維持する「Liberal(寛容的)」な戦略には、予期せぬ呼吸器トラブルへの安全マージンを確保したり、心筋のような血流が乏しい臓器を保護したりする理論的なメリットがあります。

一方で、SpO2を正常範囲の下限に留める「Conservative(保守的)」な戦略の利点は、高濃度酸素による肺障害や、活性酸素による臓器障害といった、いわゆる酸素毒性のリスクを減らすことにあります。

このように、どちらの戦略にも理論的な利点があることが、この問題の難しさを示しています。

Liberal(寛容的)な酸素化目標Conservative(保守的)な酸素化目標
・呼吸器トラブルへの安全域の確保
・虚血リスクのある臓器(心筋等)の保護
・未知の酸素需要への対応
・呼吸仕事量の軽減
・スタッフの作業負荷軽減
・酸素毒性や臓器障害リスクの軽減
・高酸素による血管収縮の予防
・吸収性無気肺の予防
・病状変化の早期察知
・CO2ナルコーシス予防

エビデンスのまとめ

この長年の議論に答えを出すべく、近年多くの臨床研究が行われております。
しかし、その結果は様々で明確な結論は出ていません。主要な試験の結果を簡潔にまとめます。

  • 保守的(低め)目標を支持する研究:
    OXYGEN-ICU (2016), ICU-ROX (心停止後サブグループ, 2019)
  • 寛容的(高め)目標を支持する研究:
    LOCO2 (ARDS対象, 2020), ICU-ROX (敗血症サブグループ, 2019)
  • 明確な差はないとする研究:
    HOT-ICU (2021), PILOT (2022), BOX (2022), EXACT (2022), ICONIC (2023) など

これらの結果からは、低酸素症と高酸素血症の両方が有害である可能性、つまり死亡率との関係が「U字カーブ」を描くのではないか、ということが示唆されています。
そして様々な大規模試験の結果が結局のところ「差なし」に収束していくのは、多くの臨床現場で既に行われている「極端を避けた管理」では、もはや大きな差が出にくくなっていることの表れなのかもしれません。


結局のところ、目標はどこに置くべきか?

これだけエビデンスが混在し、U字カーブのような関係が示唆される状況で、「あなたならどうしますか?」と問われたら、どう答えますか?

結局のところ、多くの国際的な学会が示すように、ほとんどの患者群において「正常範囲の酸素飽和度」を目標とせざるを得ない、というのが現実的な結論になるのだと感じています。

実際に、主要な国際学会のガイドラインを見ても、COPD患者(目標SpO2 88-92%)という明確な例外を除けば、多くがSpO2 92-94%を下限とし、98%を超えることは積極的に推奨しない、という比較的広い範囲を提示しています。厳密に92%以下を厳守すべき、あるいは98%以上を常に目指すべき、と主張するガイドラインはほとんどありません。

これはつまり、これまで私たちが「何となくの感覚(vibes-based)」で行ってきた酸素投与のアプローチ、すなわち「ほとんどの患者で、SpO2を92~98%の正常範囲に保つ」という対応が、結果的に現在のエビデンスやガイドラインの推奨と大きく乖離していないことを意味しているのかもしれません。

もちろん、専門医としては、その「何となく」の背景にある理論やエビデンスの変遷、そしてU字カーブの概念を理解した上で、自信を持って「正常範囲を目指します」と答えられることが重要と考えます。

今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました!

そらいろドクター


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これは、私自身が常に考えている課題です。

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