1. はじめに
こんにちは!そらいろドクターです。(はじめましての方、著者プロフィールはこちら)
重症頭部外傷(sTBI)は、救急や集中治療の現場で私たちが直面する厳しい病態の一つです。受傷時の一次的な脳損傷は避けられませんが、その後の「二次性脳損傷」(生理学的異常に伴う脳酸素需給の乱れ)をいかに最小限に抑えるかが、患者さんの予後を大きく左右します。
この記事では、特に若手医師の皆さんが、sTBI患者さんの初療から集中治療室(ICU)での管理初期において、頭蓋内圧(ICP)と脳灌流圧(CPP)を意識した対応ができるようになることを目指し、Brain Trauma Foundation (BTF) ガイドラインの推奨も交えながら、実践的なポイントを解説します。
この記事のポイント
- ICPモニタリングの適応と、その治療閾値について。
- ICP管理の基本戦略(具体的な治療法)について。
- 【実践】初療室で何を考え、どう動くべきか?
- 【連携】ICUでの治療を見据えた集中治療のポイント。
(想定読了時間:約10分)
2. ICP(頭蓋内圧)管理の基本原則
ICPの上昇は脳虚血や脳ヘルニアに直結するため、その管理はsTBI治療の核心です。
Brain Trauma Foundationで推奨されているICPモニタリングの適応と治療閾値については以下の通りです。
ICPモニタリングの適応(Brain Trauma Foundationより):
- Indicated if GCS is 3-8 and an abnormal CT
- Indicated if GCS is 3-8, there is a normal CT, and any two of the following
- Age over 40
- Motor posturing
- Hypotension (SBP under 90 mmHg)
An ICP of 22mmHg is the threshold for treatment
3. ICP管理の基本原則
日本集中治療医学会専門医テキストでは、頭蓋内圧(ICP)を適切にコントロールするための基本的な管理として、以下の6つの柱が挙げられています。これらはICU管理の根幹を成すものですが、その多くは初療室の段階から意識し、導入すべき重要な項目であり、全身状態の安定化と密接に関連します。
- 頭部挙上 (Head Elevation) と頸部正中位の維持:
- ベッドの頭側を15~30度程度挙上し、頸部を正中位に保つことで、頭蓋内からの静脈還流を促し、ICPを低下させる。
- 注意点:過度な挙上は脳灌流圧(CPP)を低下させる可能性があり、また頸椎損傷が否定されるまでは頸部の過度な屈曲・伸展・回旋には注意が必要です。
- 適切な鎮静・鎮痛 (Sedation and Analgesia):
- 不穏、咳嗽、体動、人工呼吸器とのファイティングなどによるICP上昇を抑制するため、適切な鎮静薬と鎮痛薬を使用する。
- 注意点:過度な鎮静は神経学的評価を困難にし、血圧低下を引き起こす可能性があるため注意が必要です。定期的な鎮静の中断(sedation vacation)も状況に応じて考慮されます。
- 体温管理 (Normothermia):
- 発熱は脳代謝を亢進させ、脳血流量を増加させ、ICPを上昇させるため、正常体温(例: 36.0~37.5℃)を目標とする。予防的低体温療法はルーチンでは推奨されていません。
- PaCO2管理 (Normocapnia):
- PaCO2を35~45 mmHgの範囲で維持する。
- PaCO2は脳血管の強力な調節因子であり、PaCO2の上昇は脳血管を拡張させICPを上昇させ、過度な低下(過換気)は脳血管を収縮させ脳虚血のリスクを高める。
- 注意点:切迫する脳ヘルニアの徴候がない限り、予防的な過換気(PaCO2 <30 mmHg)は避けるべきとされています。
- 循環管理(脳への酸素供給)と脳灌流圧 (Maintenance of CPP and MAP):
- 脳灌流圧(CPP)を一般的に 60~70 mmHg に維持することを目指します。そのためには、適切な平均動脈圧(MAP)の維持が不可欠であり、低血圧(例えばSBP <100 mmHg)は厳格に回避します。
- 低酸素を避ける管理として、SpO2 98%以上、PaO2 80mmHg以上などが目安となります。
- 根拠:脳への適切な血流と酸素供給を確保し、二次性脳虚血を防ぐことが重要。
- 代謝管理・その他(Hb・凝固管理を含む):
- 血糖コントロール:適切な範囲(例: 140-180 mg/dL)に維持します。
高血糖は、脳浮腫を助長、血管内脱水から血圧低下に繋がる可能性もあり注意を要する。 - 電解質・浸透圧:低ナトリウム血症を避け、血清浸透圧を適切に維持する。
- 浸透圧療法の考え方:
ICP上昇時には、浸透圧利尿薬(マンニトールや高張食塩水)が使用されます。これらは血液脳関門を介して浸透圧勾配を作り、脳組織から水分を引き出すことで脳容積を減らし、ICPを低下させる狙いがあります。
①高張食塩水(例:3% NaClを0.1~1 mL/kg/時で持続投与し、目標血清Na 145~155 mEq/L)は、循環動態が不安定な外傷患者において、マンニトールと比較して循環血液量減少のリスクが少ないという理論的利点がある。
②マンニトール(例:0.25~0.5 g/kgを4~6時間ごと)もICP低下効果が示されていますが、血液脳関門の破綻がある場合には脳組織へ漏出し、リバウンドで脳浮腫を悪化させると言われています。
- 浸透圧療法の考え方:
- 痙攣予防・治療:痙攣発作が起きた場合には、速やかに介入を行います。ルーチンでの痙攣予防は推奨されませんが、必要に応じて行います。
- その他:輸血管理
- ヘモグロビン:ICP管理とは直接異なりますが、二次性脳損傷の予防という観点からは極めて重要です。脳への酸素供給を維持するために、適切なHb値を保つ必要があります。重症頭部外傷患者においては、手術などが必要な急性期には高めのHb値(Hb 10 g/dL程度)を目標とします。
- 凝固系:頭蓋内出血の増悪を防ぐために、凝固機能の評価と早期是正も不可欠です。フィブリノゲン値が低下している場合(例:<150-200 mg/dL)やPT-INR、APTTが延長している場合は、クリオプレシピテートや新鮮凍結血漿(FFP)、血小板などの適切な血液製剤の投与を迅速に検討します。特に抗凝固薬や抗血小板薬を内服中の患者さんでは、その影響を評価し、必要であれば拮抗薬の使用も考慮します。
- 血糖コントロール:適切な範囲(例: 140-180 mg/dL)に維持します。
4. 【症例】sTBI患者へのアプローチ
30代男性、高所からの転落による頭部外傷で救急搬送。
来院時GCS E1V1M2=4点。右瞳孔5mmで散大、対光反射なし。左瞳孔2mm、対光反射あり。
バイタルサイン:BP 180/100mmHg、HR 45bpm、SpO2 92%(リザーバーマスク10L/min)。
初期血液ガス分析(動脈血):pH 7.25, PaCO2 55mmHg, PaO2 70mmHg, Hb 8.5g/dL。
初療で意識すること!
この患者さんに対し、初療医としてまず何を考え、どう行動すべきでしょうか?
大原則としては、以前解説したJATEC(外傷初期診療)ガイドラインの流れに沿って診療を行うことになりますが、TBIの初期対応では加えて以下の点に注意する必要があります。
(こちらのPrimariSurveyに関する記事も、ぜひ併せてご覧下さい)
- 頭位・気道・呼吸の最適化:
- 直ちに頭部30度挙上を検討(頸部外傷や循環の異常などが無いことは確認)、頸部正中位。
- GCS 4点、低酸素・高CO2血症であり、迅速気管挿管(RSI)・人工呼吸管理の適応。ICP上昇に配慮した薬剤選択(例:フェンタニル、プロポフォール/ケタミン、ロクロニウム)。頸椎保護も忘れずに。
- 挿管後は100%酸素で開始し、PaCO2 35-40 mmHgを目指し換気調整(この症例ではCO2貯留あるため速やかな介入が必要)。切迫脳ヘルニア徴候(瞳孔不同)があるため、脳外科への緊急コンサルトと並行し、一時的な過換気(PaCO2 30-35mmHg)も考慮しますが、その適応と期間は慎重に考える。
- 循環の安定化と脳灌流の確保:
- BP 180/100mmHg、HR 45bpmはCushing現象(ICP亢進)を示唆。急激な降圧は脳灌流を悪化させるため禁忌となる。
- 目標血圧はBTFガイドラインに基づき、この患者さん(30代)ではSBP ≧110 mmHg。MAPとしては90-100mmHg以上を維持し、CPP≧60mmHgを意識します。降圧が必要な場合も、脳血管拡張作用の少ない薬剤(例:ニカルジピン)を慎重に投与する。
- Hb 8.5g/dLは低いため、早期に輸血を開始し、脳への酸素供給改善を目指します(目標Hbは議論がありますが、sTBIでは例えば10g/dLを一つの基準とするガイドラインが多い)。凝固障害にも注意する。
- ICP上昇への初期介入と脳外科コンサルト:
- 瞳孔不同は脳ヘルニアのサインであり、緊急事態。直ちに脳神経外科へコンサルト(これはJATECの原則の通り)。
- 浸透圧療法(高張食塩水またはマンニトール)を準備・開始を検討する。
- 痙攣があれば速やかに治療。その後の急性期の痙攣予防としてフェニトイン、レベチラセタムの投与を考慮する。(晩期てんかん予防としての抗てんかん薬は勧められない)
集中治療のポイント(ICUへの引き継ぎと初期管理)
初療での対応と並行し、ICU入室後の治療も見据えます。
- 情報共有の徹底:
緊急手術の有無、初療での評価、介入、バイタルサインの推移、画像所見などを正確に申し送る。 - ICPモニタリングの準備:
前述したICPの適応があれば、ICU入室後速やかに挿入できるよう準備・連携する。治療閾値はICP 20-22mmHg。 - 継続的な二次性脳損傷予防:
ICUでは、初療から開始したICP管理の基本原則(頭部挙上、鎮静・鎮痛、体温・PaO2/PaCO2・循環管理、代謝管理)をさらに厳密に行い、必要に応じて段階的治療(脳室ドレナージ、浸透圧療法 など)へ移行します。 - 脳血流自己調節能(Cerebral Autoregulation)の考慮・評価:
CPPを目標値として管理した場合、血圧上昇に伴い直線的にICPが上昇することをしばしば経験します。これは脳血流の自己調節機能(CA)が破綻している場合に起こり、一概にCPPをtargetに治療を進めようとしても上手くいかない可能性があります。その場合、より個別化された戦略(一般的にはICPをtargetとした治療戦略)が検討されます。このCAの評価とそれに応じた個別化治療について、現時点で治療予後に対する明確なエビデンスはありませんが、理論的に非常に重要な概念であることは間違いなく注目されています。
5.まとめ
重症頭部外傷の管理は、初療室での迅速かつ的確な初期対応と、二次性脳損傷を予防するための生理学的パラメータの安定化が全ての基本です。各種ガイドラインによるエビデンスを参考にしつつも、目の前の患者さんの病態に応じた柔軟な対応が求められます。
ICP/CPP管理はICUだけの話ではなく、初療の段階からその概念を理解し、実践できる介入を行うことが、私たち救急医・集中治療医にとって重要です。この記事が、皆さんの日々の診療の一助となれば幸いです。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました!
そらいろドクター
コメント