ICUで「尿が出ません」と言われたとき、まず何を見ますか。
血圧、輸液量、Cr、利尿薬、腎前性かATNか、薬剤性か。
もちろん、どれも大切です。
ただ、そこにもう一つだけ足したい視点があります。
その患者さんのお腹は、張っていないか。
腹部コンパートメント症候群は、単に「お腹が張る病気」ではありません。腹腔内圧の上昇が、腎臓・肺・循環に影響し、乏尿、気道内圧上昇、循環不安定として見えてくることがあります。
ICUで「尿量が少ないです」と報告された患者さん。血圧はなんとか保っていますが、昇圧薬は少し増えています。人工呼吸器では気道内圧が上がり、お腹も張っている。これは腎臓だけの問題でしょうか。
乏尿を見たとき、腎前性・腎性・薬剤性だけでなく、腹圧の影響も考えます。腹部膨満は単なる所見ではなく、腎・肺・循環をつなぐサインかもしれません。
なぜ「尿が出ない患者」でお腹を見るのか
尿量が低下すると、私たちはまず腎臓を見ます。
腎前性か。ATNか。腎毒性薬剤はないか。尿路閉塞はないか。循環血液量は足りているか。
これは当然必要な考え方です。
ただし、重症患者では腎臓は単独で存在しているわけではありません。
腎臓は、腹部の中にあります。
腹腔内圧が上がると、腎臓は外側からの圧の影響を受けます。腎灌流、腎静脈圧、腹部臓器灌流に影響し、尿量低下として見えてくる可能性があります。
つまり、乏尿を見たときに考えたいのは、腎臓の中だけではありません。
腎臓の外側、つまり腹圧も見る。
これが、尿が出ない患者でお腹を見る理由です。
腹部コンパートメント症候群とは何か
腹部コンパートメント症候群 abdominal compartment syndrome, ACS は、腹腔内圧の上昇により臓器障害をきたす病態として整理されます。
関連する概念として、腹腔内圧亢進 intra-abdominal hypertension, IAH があります。
細かい数値定義は重要ですが、この記事で最初に持ってほしい見方は、数値の暗記ではありません。
腹圧が上がると、お腹の中だけでなく、腎臓・肺・循環に影響が出る。
この視点です。
腹部コンパートメント症候群は、外傷や腹部術後だけの病態ではありません。敗血症性ショック、大量輸液後、重症膵炎、熱傷、腹水や腸管浮腫が目立つ患者でも、腹圧が病態に入り込むことがあります。
腹圧が上がると、なぜ尿が出なくなるのか
腹圧が上がると、腎臓や腹部臓器は外側から圧を受けます。
その結果、腎灌流圧の低下、腎静脈圧の上昇、腹部臓器灌流の悪化などが関与し、尿量低下につながる可能性があります。
ここで大切なのは、乏尿の原因を腹圧だけに決め打ちしないことです。
敗血症性AKI、腎前性AKI、薬剤性腎障害、尿路閉塞などは、当然並行して考えます。
そのうえで、腹部膨満や気道内圧上昇、昇圧薬増量が同じ時間軸で進んでいるなら、腹圧も鑑別に入れる。
乏尿は、腎臓の中だけで起きているとは限りません。腎臓の外側にある圧、つまり腹圧も、尿量に影響することがあります。
腹部膨満は“所見”ではなく、臓器障害のサインかもしれない
腹部膨満は、ICUでよく見る所見です。
便秘、腸管ガス、麻痺性イレウス、腹水、腸管浮腫、術後変化など、原因はさまざまです。
だからこそ、流されやすい所見でもあります。
「お腹が張っています」
この報告だけなら、便秘やガスを考えるかもしれません。
しかし、そこに尿量低下、気道内圧上昇、昇圧薬増量が重なってきたら、見方が変わります。
腹部膨満は、単なる消化管所見ではなく、腎・肺・循環をつなぐサインかもしれません。
ACS/IAHの見逃しは、腹部膨満に気づかないからではなく、腹部膨満と尿量低下、気道内圧上昇、循環不安定をつなげて見ていないことから起こるのかもしれません。
気道内圧上昇・昇圧薬増量も、腹圧でつながることがある
気道内圧が上がったとき、まず確認すべきことは肺と気道です。
痰詰まり、気管チューブトラブル、気胸、気管支攣縮、肺水腫、ARDS悪化など、緊急性の高い原因を見逃してはいけません。
ただし、同時に腹部膨満と乏尿が進んでいる場合、腹部からの影響も考えます。
腹圧が上がると、横隔膜が押し上げられ、胸郭コンプライアンスが低下し、人工呼吸器上は気道内圧上昇として見えることがあります。
また、腹圧上昇は静脈還流や腹部臓器灌流にも影響しうるため、昇圧薬増量や乳酸上昇と並んで見えることもあります。
肺が悪い。腎臓が悪い。循環が悪い。
そう別々に見る前に、腹圧という共通因子でつながらないかを考える。
ここに、腹部コンパートメント症候群をICU病態として見る意味があります。
少し専門的に:APP = MAP − IAP
少し専門的な補助線として、腹部灌流圧 abdominal perfusion pressure, APP という考え方があります。
概念的には、以下のように考えます。
APP = MAP − IAP
平均動脈圧 MAP から、腹腔内圧 IAP を引いて、腹部臓器にとっての実効的な灌流環境を考えるイメージです。
ここで大切なのは、APPの目標値を暗記することではありません。
APPだけで治療方針を決める、という話でもありません。
重要なのは、MAPが保たれていても、腹圧が高ければ腹部臓器にとっての灌流は十分とは限らない、という見方です。
昇圧薬でMAPは目標以上。けれど尿が出ない。お腹は張っている。気道内圧も上がっている。
このような場面で、「血圧はあるから腎臓は大丈夫」と単純に考えないための補助線として、APPは有用です。
APPは治療方針を単独で決める指標ではありません。IAPの測定条件、原因疾患、臓器障害の進行、循環動態、施設方針を合わせて解釈する必要があります。
身体所見だけで安心しない
「お腹を見る」と言うと、腹部診察を思い浮かべるかもしれません。
もちろん、腹部診察は大切です。
腹部膨満、圧痛、筋性防御、腸蠕動音、手術創、ドレーン、腹水、腹部緊満感。
見るべきものは多くあります。
ただし、腹部が板状硬でなければ大丈夫、とは言い切れません。
腹圧は、体格、腹壁コンプライアンス、鎮静状態、人工呼吸、腹水、腸管浮腫などで見え方が変わります。
疑うことと、診断することは違います。
ただ、疑わなければ腹腔内圧を測る発想には至りません。
このテーマで大切なのは、測定手技を暗記することではなく、「測るべきかもしれない」と気づく入口を持つことです。
実践編noteでは、夜間ICUの架空場面を使って、「尿量低下」「腹部膨満」「気道内圧上昇」「昇圧薬増量」をどう一つの病態として見直すかを深掘りします。APP = MAP − IAP の考え方や、輸液と腹圧の関係にも触れながら、ACS/IAHを“疑える病態”に変換していきます。
まとめ:乏尿を見たら、腎臓だけでなくお腹を見る
ICUで尿が出ない患者を見たとき、腎臓だけを見ない。
お腹は張っていないか。 気道内圧は上がっていないか。 昇圧薬は増えていないか。 体液バランスはどうか。
腹部膨満は、単なる便秘や腸管ガスの所見ではなく、腎・肺・循環をつなぐサインかもしれません。
少し専門的には、APP = MAP − IAP。
MAPが保たれていても、腹圧が高ければ、腹部臓器にとっての灌流は十分とは限りません。
大切なのは、腹部膨満+乏尿だけでACSと決め打ちすることではありません。
所見を増やすのではなく、所見同士をつなぐ。
それが、腹部コンパートメント症候群を疑う第一歩です。
本ブログ記事では、腹部コンパートメント症候群の全体像と、尿が出ない患者でお腹を見る理由を整理しました。
実践編note(有料記事)では、さらに踏み込んで、ACS/IAHの定義、腹腔内圧の考え方、APP = MAP − IAP、輸液と腹圧、呼吸・循環・腎臓への影響、近年の論点までまとめています。
単なる診断基準の暗記ではなく、ICUで「乏尿」「腹部膨満」「気道内圧上昇」「昇圧薬増量」をどう一つの病態として見直すかを、臨床の視点から整理した実践編です。
参考文献・参考資料
- Kirkpatrick AW, et al. Intra-abdominal hypertension and the abdominal compartment syndrome: updated consensus definitions and clinical practice guidelines from the WSACS. Intensive Care Medicine. 2013.
- De Laet IE, Malbrain MLNG, De Waele JJ. A Clinician’s Guide to Management of Intra-abdominal Hypertension and Abdominal Compartment Syndrome in Critically Ill Patients. Critical Care. 2020.
- Jacobs R, et al. Fluid Management, Intra-Abdominal Hypertension and the Abdominal Compartment Syndrome: A Narrative Review. Life. 2022.

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